<結婚>

 昭和43年春、私たちの結婚式が行われた。貯蓄もわずかな私たちを思っての家族兄弟達の手づくりのような式だった。

 会場は新築された義兄の家の広間を借りた。真新しい20畳程の和室の正面には何処であつらえたのか豪華な金屏風が立ち、仲人の叔母夫婦に挟まれて、紋付袴の私と白無垢に角隠しのKEIKOが並んで座っていた。

 祝いの膳を前に向かい合って並ぶ親戚や兄弟の前で、叔父の唄う高砂の歌にのせて、幼い姪の酌による三三九度の契りの杯が交わされた。料理も母親と近所の女衆の手作りだった。神前でも仏前でもない、今でいう人前結婚式だった。

 誓詞の披露や指輪の交換などの形どうりの式次第を終えて、広間はそのまま披露宴の席になった。私は親戚の間を酌をして回り、その間にKEIKOは私の実家の近所に婚礼の挨拶に回った。

 宴は深夜まで続いた。途中兄弟の計らいで私たちは新婚旅行というふれこみで宴席を抜け出した。弟の車で清水の三保にあるホテルまで送ってもらった。形だけの新婚旅行だった。
 ホテルの部屋に落ち着くと、私たち二人は、一気に押し寄せた疲れに倒れ込むようにベッドに入った。そのまま会話もそこそこに深い眠りに落ちていった。近くで絶間ない波の音が聞こえていた。

 ホテルは三保の松原の中にあった。部屋のカーテンを通して差し込む朝日の光のゆらめきに揺り起こされるように、私は目を覚ました。
 客室は離れになっていた。そのまま庭に出て松林を抜けると海岸に出られた。私は眠っているKEIKOを部屋に残し海辺に足を運んだ。

 誰も居ない広い海岸にでると、澄んだ青い空と白い雪を残した富士の姿が目の前に広がった。すがすがしい気分だった。私は大きく両手を広げると全身で伸びをした。心地よいけだるさと安堵感と充足感が全身を満たしていた。思わず笑みが洩れた。

「昭ちゃ〜ん」
 松林の方から声がして、ホテルの浴衣の裾を乱れさせながらKEIKOが小走りに近寄ってきた。
「目が醒めたら居ないから、捨てられたかと思った・・・」
 悪戯っぽい目で笑いながらKEIKOが私の腕を取ってきた。

 私たちはそのまま波打ち際に近い砂場に座った。化粧っ気の無いKEIKOの素顔が、眩しく艶やかだった。
 私の中に熱いものが沸き上ってきた。私は黙ったままKEIKOの身体を引き寄せた。そのまま倒れ込むとゆっくりと唇を重ねた。彼女の背中で砂利の擦れる音が小さく鳴った。

 静かだった。繰り返し引いては寄せる波の音が心地よいリズムで二人を包んだ。
「少し寒い・・・」
 彼女の言葉にうながされるように、私たちはホテルの部屋に戻った。

 軽い朝食を済ませると早めにホテルをチェックアウトした。私の仕事の都合であまりゆっくりは出来なかったのだ。明日にも大阪へ戻らねばならなかった。

 私たちはタクシーで徳川家康を祀る久能山に向かった。1151段という長い石段を、KEIKOはぶつぶつ文句を言いながら登った。
「もう、やだ〜!」
 時折休んではそれでも楽しそうにはしゃいでいた。人気の無い参道に彼女の声だけがこだましていた。

「これって予告編?」
「ああ、いつか本当の新婚旅行に行こう。」
「楽しみ〜。何処へ連れてってもらおうかな〜。」
 KEIKOが悪戯っぽい目で笑った。

 新婚旅行というにはちょっと寂しいわずか一泊のあっけない旅だったが、それでも今の二人には精一杯だった。

 私たちは石段下に戻ると、門前に連なるお土産店で昼食を済ませ、いくつかのお土産を手に帰路についた。

つづく

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