<出産>

 結婚式を無事に終えた私たちは、大阪に戻るとまたいつもの生活のリズムに戻っていた。6月に入り季節はすっかり夏模様だった。梅雨というには雨の少ない日が続いていた。

 KEIKOは、向かいの奥さんに誘われて近くの工場にパートで働き出していた。私を見送ると近所の数人の主婦たちと楽しそうに出勤していた。平凡だが落ち着いた日々だった。

 そんなある日、彼女が子供が欲しいと言い出した。工場の同僚たちの育児話や近所の子供の様子を眺めては、私にせがむことが多くなった。私もその気になっていた。ふたりの間に家族という意識が育ちつつあった。

 だが、そんな二人の思いとは裏腹に、なかなか妊娠の兆候は現れなかった。なんとなく寂しそうなKEIKOの表情が気になってはいたが、こればかりはどうにもならなかった。
やがて夏も過ぎようとする頃には、二人の会話にも上らなくなっていた。

 そんなある夜、私が帰宅するといつもと違う表情でKEIKOが出迎えた。
「ねえ、ねえ、もしかしたら、もしかよ!」
 彼女の目がいつになく輝いていた。
「もう、6週間無いの!」
「何が?・・・」
「あれよ、あれ!あれが無いのよ!」
 やっと私にも状況が呑み込めたのだった。
「本当か・・・?」
「明日、お医者さんに行ってみるね!」 
 はしゃぎながら夕食の支度をするKEIKOの後ろ姿を眺めながら、嬉しかった。いつになく配膳の手伝いなどをして、逆に彼女に邪魔扱いされたりしていた。

 夕食のをする間もKEIKOの歓び様は並ではなかった。いまにもベビーベッドなどを買い揃えに出かけそうな勢いだった。楽しげな彼女の相手をしながら、私は正直ホッとした気持ちだった。

 そんな二人の歓びもつかの間だった。病院に行ったKEIKOからの返事は、単に生理が遅れていただけというあっけない結果だった。

「大丈夫だよ。そのうちきっと・・・」
 だが彼女の落ち込みはひどかった。私のなぐさめもむなしい感じだった。部屋の一点を見つめては、時折大きなため息をついていた。重い空気が部屋を満たしていた。

「今度の休日、どこか出かけようか・・・?」
 見かねて私が切り出した。
「ううん・・・大丈夫・・いいの・・・」
 彼女の気の無い返事が帰ってきたが、私は聞こえなかったふりをして続けた。
「そうだ、高山へ行こう。前から行きたい行きたいって言ってたじゃん?」
「よし、決めた!行くぞ、いいな!」
「・・・・・。」
 何かを納得したように、彼女が無言でうなずいた。

「早速車の手配をしなきゃ!電話、電話!それにガイドブックも!」
 私はことさら明るい調子ではしゃいでみせた。
「・・・・子供みたい・・・」
 KEIKOの顔になんとか笑顔がもどった。

つづく

目次へ