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<結婚> すっかり春らしくなったその年の4月初旬。私たちは、かねてから申し込んでいた市営住宅に入れることになって、その準備に追われていた。大した荷物がある訳でもないが、それでも引っ越しは大仕事だった。 KEIKOはこまめに働いていたが、気持ちは少し落ち込んでいた。彼女の父親が仕事先で怪我をして倒れ、母親から帰ってくるようにいわれていたからだ。幸い怪我は一ケ月程の入院で全快できるようだった。 KEIKOは先妻の子だった。彼女の父親は鳶の頭領をしていた。仕事先はダムの建設にかかわるものが多く、家に居ることは少なかった。彼女が4歳の時に実母は急病で逝ったが、父親はその臨終にも立ち会えなかった。 引っ越しが一段落したところで、KEIKOが言った。 5日目の夜だった。そんな私の気持ちを察したかのように電話のベルが鳴った。 私はしばらく電話の受話器を握ったまま呆然としていた。一度に緊張がほぐれ、全身の力が抜けた感じだった。安堵感と嬉しさがゆっくりと偲び寄ってきた。だが、これからの事を思うと眠れなかった。気がつくと東の空は白み始めていた。 |
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その週末、私はKEIKOの実家を訪ねた。事情を知った私の父親も、挨拶したいと同行していた。 KEIKOの父親は、この日のために病院から一時帰宅していた。居間の正面に大きな火鉢を前に座っていた。がっしりとした身体に日焼けした強面の顔が印象的だった。私の脳裏を一瞬、時代劇の大親分の姿がよぎった。 挨拶が済んで二人の結婚の話になった。KEIKOの父親は無言だった。ほとんどKEIKOと継母が喋っていた。私は自分の彼女への気持ちと生活の現況を率直に話した。 しばらくの間があって父親が口を開いた。 「Kちゃん、おめでとう!」 食事が始まったが父親は無言のままだった。時折KEIKOが話し掛けると、それでも和らいだ表情で笑みを見せた。私は何も言葉が掛けられなかった。愛想笑いを返しながら寿司をほうばるのが精一杯だった。 食事が終ってしばらくして、KEIKOの父親は病院へ戻っていった。 |