<同棲>

 年の瀬が詰まって、街は新年の祝いの準備に浮き立っていた。

 KEIKOは来年が成人式だったが、実家へは帰らないといった。私もいつもは静岡に帰るのだが止めにした。電話の先で母のちょっと寂しそうな声が気になったが、今は少しでも彼女と一緒にいたいと思っていた。

 大晦日と新年を二人だけで祝おうということになって、初詣でもかねて京都へ行くことにした。二人の初めての泊まり旅でもあった。

 四条大橋に近い細い路地の奥にある、以前はお茶家だったという民宿に宿を取った。細い格子戸がそれらしい風情を漂わせる狭い入口を入ると、初老の女将が迎えてくれた。

 私たちは、古いが良く掃除の行き届いた玄関を上がり、小さな中庭を囲むように巡る廊下の奥の部屋に通された。四畳半の和室に電気ストーブが一つの簡素な部屋だった。テレビも無かった。

 他に数組の客がいるようで、時折若い女性たちの嬌声が聞こえていた。

 女将にうながされて私から先に風呂に入った。かなり使い込んだ感じの小さな檜の湯舟に浸かりながら、はじめての古都の大晦日の感慨に浸っていた。

「背中流そうか?」
 突然のKEIKOの声にハッと我にかえった。

 私の返事も待たずにKEIKOが湯殿に入ってきた。湯気の中に彼女の白い裸身が浮き上がった。
「一人じゃつまんないんだもん!」
 二人で入るにはちょっと窮屈な湯舟に強引に浸かりながら、彼女が悪戯っぽい目で笑った。

「此所って旦那さんと芸姑さんの逢い引きの場所だったのかしら?」
「ああ、多分・・・」
「なんだか秘密めいた感じ・・・」
 そう言いながら湯殿の天井を見回すKEIKOの首筋が、ほんのり桜色に染まって綺麗だった。

 夕食を済ますと、宿から歩いて5分ほどの八坂神社に出かけた。深夜だというのに通りは人で溢れていた。それぞれが楽しげに話ながら、赤い大きな鳥居を目指して進んでいた。私たちも、宿の下駄をカラコロ鳴らしながら石畳の参道を登り、人の群れに押し流されるように境内へ進んだ。

 拝殿の軒の大きな銅鑼が重い音色で鳴った。何を願ったのか、KEIKOはゆっくりと時間をかけて祈りを捧げていた。
「行こうか!」
 祈り終ると、いかにも満足げにニコッと笑って私を促した。 

 おけら火と呼ぶわらの紐縄に灯された火をくるくる回しながら、小躍りするように通りを宿へ急いだ。足元から京都独特の冷気が襲っていた。
「寒い〜!」
 KEIKOが私の丹前の袖から手を入れてしがみついてきた。すっかり冷たくなった彼女の指が私の脇の下に触れた。
「ひエ!」
 私は思わず悲鳴とも嬌声ともいえぬ声を上げていた。二人は大きな声で笑い合った。

 宿の近くの脇道で赤い提灯を灯した屋台を見つけた。色褪せたのれんをくぐると、関東炊きの甘い香りが鼻をくすぐった。
「美味し〜い!」
 KEIKOが嬌声を上げた。初老の屋台のオヤジが嬉しそうに笑った。二人は冷たい足先をこすり合わせながら、湯気の立つおでんをほうばった。冷や酒が彼女の目元にほんのりとした赤味を呼び戻していた。

 宿に戻ると居間のテレビが年末恒例の歌合戦を報じていた。若い女性客が数人、楽しそうにそれを眺めていた。
「元旦のお雑煮に使わせて貰います。おおきに・・・」
 おけら火を宿の女将に託すと私たちは部屋に戻った。朱色の華やいだ柄の布団が二組並んで敷かれていて、枕元の灯明の淡い光が艶っぽい雰囲気を醸し出していた。
屋台の酒が程よく効いてか、心地よいけだるさが眠気を呼んで、そのまま私たちは一つの布団に寄り添って寝入った。

 昭和41年の元旦の朝を迎えた。

 昨夜はかなり冷え込んだようで、部屋の熱気に窓ガラスが曇って、外の様子はうかがいようが無かったが、天気は良いようだった。
 私がぼんやりした頭で周囲を見回すと、私の脇の下あたりにKEIKOの頭があった。まだ眠っているようだった。

「おはようさんどす・・・」
 廊下の外で遠慮がちな女将の声がした。
「はい・・!」
 私の返事に応えて女将が聞いた。
「朝食は何時頃がよろしおすか?」
 あわてて時計を見ると9時近くになっていた。
「ああ、9時半頃でいいですか?」
「はい。では、お待ちしております・・・」
 去って行く女将の足音がかすかに廊下を鳴らして消えた。それが合図のように布団からKEIKOがゆっくり身を起こした。
「お・は・よ・・・・」
 大きなあくびをすると、まだ醒め切らない様子でまた布団にもぐった。はだけた浴衣から白い足が太股まで覗いていた。私が軽くくすぐるとあわてて布団の中に消えた。

 離れた廊下を若い女性のグループが笑いながら通っていった。床板が小さく軋んで鳴った。
 ふたたび、朝の静けさが辺りを包んだ。

つづく

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