<人形>

 KEIKOの人形作りはさらにエスカレートしていった。次男の東京暮らしをチャンスに、東京の有名な人形作りの先生の教室に通おうかな、などと言って私を驚かせた。

 さすがにそこまではしなかったが、通りすがりの人形店などで、数十万円のアンチックド−ルをいまにも買い求めそうな眼差しで見つめていたりして、私をドキドキさせていた。

 しばらくすると、家の中は彼女の人形で埋め尽くされそうな雰囲気になっていった。最初のドレス姿から着物、ジーパン、はては剣道着から祭りの半纏姿の人形まで、バラエテイ−は広がる一方だった。彼女のどこにそんなエネルギーがあったのかと思うほどに、制作に没頭していた。

 私は、夫婦の生活に不満があってのことではないのかといぶかったが、どうやらその心配は無さそうだった。
「馬鹿ねえ。」
 それが彼女の返事だった。
 満足そうなKEIKOの表情を見るのは、それはそれで嬉しいことだった。

 そんな彼女の人形作りが、ある日を境に急変した。

 一人の時間が多くなった私は、子供達が使っていた釣り道具を持ち出すと、近くの港での雑魚釣りに出かけるようになっていた。
 サビキ仕掛けでの小アジや子イワシ釣りが主だが、ときには10個ほどの釣り針全部に魚がかかり、取り外すのが面倒なほどに釣れる事もあるのだった。

「一度どうだい?」
 KEIKOの人形漬けの日々がちょっと気になっていた私が誘った。

 最初は釣りなんてと言っていた彼女だったが、これがまたその凝り性に火を付けてしまったのだった。あの手許にブルブルくる感触がすっかり気に入ったらしく、逆に私を誘うほどに夢中になっていった。
 サビキの針に鈴なりの小アジを嬉々とした表情で外している彼女の姿は、滑稽でもあったが私には可愛く写った。

 私たちの釣り行脚は、いつしか近郊の港や川では行かない所は無いほどになっていた。彼女には夏の日焼けも冬の寒さも気にならないようだった。あれほど夢中になっていた人形達は、造りかけの半裸のまま居間の棚に鎮座していた。

 いつしか、釣りの出来ない雨や風の強い日が人形作りの日になっていった。そんなKEIKOのようすを、私はなんとなくホッとした思いで見つめていたのだった。

つづく

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