<仙台>

 長男の試練の日々が始まった。
 予備校には行かず、いくつかの受験講座をこまめにこなしていく作戦のようだった。東京から名古屋そして京都と、その行動半径はどんどん広がって行った。

 彼の受講会場への移動はもっぱら愛用の400ccバイクを使っていた。だが、京都での受講中になんと盗まれてしまったのだ。警察に届けると新幹線で帰宅した彼はひどく落ち込んでいた。苦労して用意したバイクだったのだ。

 数日後、京都の警察から見つかったとの連絡が入り急ぎ取りに出掛けたが、バイクは裸同然の惨澹たるありさまだった。
 そこで彼は、今度は妻の50ccのスクーターで、京都まで国道をひた走って行くことにした。しかし、これはさすがに一度で懲りたようだった。行く先々のガソリンスタンドでは呆れられ、食堂では笑われ、あげくの果てにパトカーに何度も職務質問をされる羽目になったのだった。

 季節はめぐり、ふたたび受験の時期になった。そして運命の試験が始まった。

 長男は意気揚々と京都に向かった。だが、ここでまた彼の運命を変える事件が起きたのだった。

 京都へ向かう新幹線の中で、ひたすら参考書に目をやる彼に、隣合わせた初老の紳士が声を掛けて来た。
「受験かね?」
「はい・・・。」
「何処を受けるのかね?」
「京都を・・・。」
「ほーう・・・!」
 少し大袈裟に紳士は声を上げた。

「京都では何を勉強したいのかね?」
「はい・・・宇宙物理学をと思っています・・・。」
「なるほど・・・。」
 紳士はしばらく新幹線の天井を見つめていたが、やがて静かな口調で言った。
「東北大学を知ってるかね?」
「はあ、一応は・・・。」
 すると、紳士は意外な事を言った。
「良かったらうちに来なさい。京都には負けないよ。」
 なんとその紳士は東北大学の物理学の教授だったのだ。

 確かに東北大学は京都に似た校風の魅力ある大学だった。二浪覚悟で京都1本で行こうと決めていた彼だったが、教授の熱心な態度にその心は大きく揺れた。

つづく

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