<出会い>

 私とKEIKOの出会いは、昭和40年の初夏だった。

 その頃の私は大阪に居た。別に大きな目的があった訳でもなく、ふらりと立ち寄った大阪の居心地の良さに、なんとなく居着いてしまったという程度のことだった。

 知人の紹介で新しい会社を起こすという人の誘いに応じたものの、狭い事務所に社長と私の二人だけの、会社というには淋しいほどの小さな職場だった。仕事は写真植字のオペレーターだった。

 そんな会社へ事務員として入社してきたのがKEIKOだった。
ちょっと小太りでふっくらとした感じの身体つきと、明るい笑顔でパキパキとした歯切れの良い関東弁の会話が印象的だった。
 彼女は19才になったばかりだった。ミニスカートからのぞく白い素足が眩しかった。

 KEIKOは横浜の出身だった。今は大阪の叔母の家に間借りしていた。
出身地が横浜と静岡ということで言葉のアクセントも近く、私達が打ち解けるのは早かった。さらに、彼女の住む叔母の家と私の住むアパートが近かったこともあって、仕事帰りはいつも一緒だった。

 私たちは、はた目には仲むつまじい恋人同士のようだった。私が残業の日は、KEIKOは仕事が終るまで事務所で待っていた。ときには家の近くのお好み焼き屋で深夜まで時間を忘れて話し込んだこともあった。

 やがてお互いの境遇や家族のことなど何でも話せるほどになっていた。だが彼女は、大阪へ出てきた理由だけはなぜか話したがらなかった。

 KEIKOはよく笑う女性だった。私のちょっとした言葉やしぐさにも、楽しそうに応えていた。カラカラとした笑い声が、陽気な彼女の飾らない性格を表わしていた。

 ある日には、新しい靴が合わないため足が痛いといって、靴を両手に裸足で繁華街を歩いてみたり、たこ焼きを手に口をモゴモゴさせながら大阪の街を歩いてみたりもした。
私には、そんな彼女の子供のような奔放さがとても可愛く思えた。

 私にとってこんなにも自然体の女性は初めてだった。
私はKEIKOに惹かれていく自分を強く感じていた。次第に彼女を欲しいと思いはじめた。だが、私がそんなそぶりをみせると、なぜか彼女は機嫌が悪くなった。すぐに家に帰るといって私を困らせた。そのため二人の関係はそれ以上には進めなかった。
そのうちに、私はそれでも良いと思った。一緒にいるだけで楽しかった。

 そんな日々が半年近く続いた晩秋のある日、KEIKOが突然会社を休んだ。次の日には辞めたと聞かされた。
「何が起こったんだ・・・」
「なぜ、連絡をくれないんだ・・・」
 さまざまな思いが、私の頭の中を駆け巡った。

 その夜、私は慌ててKEIKOの叔母の家を訪ねたが、彼女は横浜へ帰ったということだった。理由は判らなかった。せめて実家の連絡先を教えて欲しいと頼んでみたが、叔母はただ首を横に振るだけだった。叔父や従兄弟達にたずねても同じだった。
「きっと戻ってくるから・・・待ってあげて・・」
 叔母のその言葉にうながされるように、私は気持ちの晴れないままにその場を後にした。

 空しい日々が過ぎていった。じっとしていられなかった。
もしやという思いからKEIKOの行きそうな店を訪ねては、あてもなく大阪の街をさまよった。愛しさだけがどんどん膨らんでいった。

 暗い歩道をひとり行く私の足元で、街路樹の落ち葉が乾いた音を立てて風に舞った。季節はすでに冬を告げていた。

つづく

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