<旅>

 沖縄への旅は突然だった。たまたま沖縄の人間国宝の陶芸家金城次郎氏のドキュメントを見ていたKEIKOが、いきなり言った。
「ねえ、沖縄へ行こうよ。金城さんの窯元へ行きたい!」
 あっけに取られている私の返事も待たず彼女は続けた。
「ねえ、お願い! あなたがダメなら私一人でも行く。」
 彼女の決心は堅いようだった。

 翌週の週末には私たちは那覇にいた。安い二拍三日のツアーの空きが取れたのだ。あいにく天候は雨だった。それでも国際通りのホテルに着いた私たちは早速市街に飛び出した。壷屋などの目に着く陶器の店をしらみつぶしに覗いてみたが、お目当ての金城次郎氏の作品はなかなか見つける事が出来なかった。やっと見つけたお店では非売の札が付いているのだった。
「さすがねえ・・・。」
 ため息とも感動とも付かぬ言葉がKEIKOの口から洩れた。

 翌日、早々に朝食を済ませるとレンタカーを借りて金城氏の窯のある読谷村に向かった。少し道に迷ったがなんとか次郎窯を見つけると、二人は緊張した面持ちで中に入った。

 左手に飾り気の無い作業場があり、4〜5人の職人さんがろくろに向かって作業中だった。右手には作品の展示場らしき建物があった。声をかけて良いものか迷っていると、ちょうど奥様らしき女性が現われたので、早速挨拶と作品の拝見をお願いしてみた。だが、結果はあっけないものだった。
「二年先の窯まで全部予約が入ってて、作品は何も残って無いよ。」
 うながされて展示場の中を覗くと、ショーケースの中は見事に空っぽだった。

 せっかく来たからにはと登り窯を見せていただくことにした。薄暗い窯の脇を下って行くと、下の作業場で作品作りに励むご夫婦がいた。息子さんの金城敏男氏と奥様だった。同じ魚紋がモチーフでも、次郎氏の剛胆な線刻に比べてご夫婦の作品はやわらかい作風だった。

 きさくにお話をしてくれたご夫婦に作品を欲しいというと、今はこれだけしか無いがといって魚紋の壷、杯と水指しを分けていただいた。KEIKOは泣き出さんばかりに感動していた。

 窯から庭に戻ると、母屋の脇で上半身裸で水を浴びている老人がいた。金城次郎氏だった。せめて写真でもと思い声をかけたが、無言のまま奥に入ってしまった。

 金城氏の作品の入手をあきらめホテルに戻った私たちは、最後の沖縄の夜を満喫すべく街にでた。にぎやかな国際通りをブラブラしていると、突然KEIKOの足が小さな民芸品店の前で止まった。
「あった!」
 彼女はいきなり私の腕を掴むと、間口一間半ほどのその店に足早に入っていった。
そこには金城次郎氏の壷、抱瓶、茶碗、杯などが誇らし気に並んでいた。彼女の目はまさに釘付けだった。
「欲しい・・・・。」
 彼女が呻くように呟いた。だが、さすがに高価だった。カードはダメだというし手許のお金では茶碗が精一杯だった。
「ご主人、お願いがあるんですけど・・・」
 なんとしても欲しいと思う彼女の真剣さが、店のご主人の心に伝わったのかも知れなかった。手付けを置き帰ったらすぐに送金するということで売約をいただいた。

 なけなしの貯金が消えることになって、その夜の食事は沖縄料理ならぬ普通のラーメンに変わったが、KEIKOの目は充実感で満たされていた。

 半月後、彼女の夢だった金城次郎氏の作品が我が家のコレクションに加わった。

つづく

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