<マイホーム>

 翌週のことだった。KEIKOがとつぜん言った。
「ねえ、電話してみない?」
「だけど、貯金もまだ無いし、話も何も・・・」
 いぶかる私に
「電話してみようよ。ダメで元々じゃん!」
 そう言うと、彼女は電話の受話器を取り上げた。

「あ、もしもし。Sさんをお願いします。」
「私がSですが・・・」
 タイミング良く電話に出たのは、先日モデルハウスで会ったその人だった。

 KEIKOは、頭金はまだ無いがあの家がどうしても欲しいことなどを、思い入れたっぷりに話し始めた。さらに身勝手な話とことわりつつ、これからそちらの会社に毎月積立てていくから、頭金が出来るまであの家を売らないで欲しいなどとまで、少しオーバーな切々とした調子で懇願した。
「ちょっとお待ちください。」

 黙って彼女の話を聞いていたS氏は、そう言うと電話から離れた。
近くの人と何やら相談しているようだった。やがて電話に戻ったS氏が言った。
「一度お会いできますか?」
「はい。いつでも・・・!」

 話は急転直下の進展を見せた。

 翌日、あのモデルハウスでs氏が待っていた。
「いやあ、実はお電話いただいたときにちょうどうちの社長が後ろに居たんですよ。それで事情を話しましたら、何とかしてあげろということになりましてね。」
 S氏がいつもの笑顔で話し始めた。そして、急に真顔になると一枚の書類を私たちに示した。

「登記の費用がこれこれ必要です。これは準備できますか?」
「はあ、それ位なら・・・」
 きょとんとしている私たちにS氏が続けた。
「頭金から積み立てるというような方法は当社では出来ませんから、頭金は後でも良いです。登記の費用を準備していただけるなら、まず契約しましょう。」
 S氏は、そう言うとさらに数枚の書類をひろげはじめた。

 登記の手続きから住宅ローンの設定まで、話はトントンと進んだ。
仕事の実績の浅い私へのローンの設定を渋る銀行も、S氏は自社の預金高を楯に押し切ってしまったようだった。

 二週間ほどすると、S氏が私たちをあのモデルハウスへ呼んだ。
「はい。これでこの家はあなた方のものですよ。」
 そういってS氏が、登記の書類や様々な契約書といっしょに、真新しい家の鍵を私に手渡した。

「いやあ、こんなケースは私も初めてですよ。でも、良かったですね、奥さん。あとは毎月のお支払いをよろしくお願いします。」
 まだ信じられないような表情の私たちを見つめながら、S氏が幾分ホッとしたような表情で言った。
 私たちにはまだ実感が沸いてこなかった。だが、それは夢ではなかった。

つづく

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