| <別れの朝> 熱いコーヒーのカップを片手に仕事場に戻った私は、作品と原稿の最終確認を済ませ、それらをバッグにまとめると、着替えのために再び母屋へ戻った。
時刻は10時少し前になっていた。 寝室に入ると、KEIKOが自分のベッドで横になっていた。 さらに声を掛けつつKEIKOのようすをみると、いびきをかいて熟睡しているようだった。 よほど眠いのかと思いつつ寝顔をのぞき込むと、口元にひとすじ、よだれが流れて乾いた跡を残していた。 ふいに、KEIKOのいびきの音が妙に大きいのに気がついた。 救急車が到着するまでの時間が、ただやたらと長く感じた。 |
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病院の集中治療室の前で、なすすべもなくたたずむ私の脳裏をさまざまな思いが駆けめぐった。
親や子供達に連絡しなければ・・・ オロオロしている私の前に一人の若い医師が歩み寄ってきた。 「奥様の症状は脳内出血です。ただ、出血の場所が悪いので、お気の毒ですが回復は望めません。手術しても時間が少し伸びるか、また悪くすれば短くなることも考えられます。もしそれでも、と云われるのなら手術いたしますが・・・」 しばらくの沈黙の後、私は答えた。 病室のベッドに移されたKEIKOは、朝と同じように大きないびきをかいて眠っていた。
呼び掛ければいまにも起きだしそうな自然な感じだった。ただ、口や鼻に付けられた管とベッドの周囲の機械類が、事態が尋常でないことを告げていた。 お昼を告げるチャイムが遠くで鳴っていた。 急いで駆け付けてくれた妹に親や子供達などへの連絡を頼むと、私はKEIKOと二人きりの病室で、彼女の手を摩りながら心電図の上下する光の波をひたすら見つめていた。 医師と看護婦が頻繁にようすを見に訪れ、そのうちにいびきの間隔が次第に広くなり、途切れ始め、ついには聞こえなくなっていった。 午後2時15分、KEIKOは静かにその息を止めた。
ひんやりした霊安室に横たわった彼女と二人、まだ到着しない彼女の親や兄弟、そして子供達を待つ長い静寂の時間が過ぎていった。 私の頭の中で答えの無い自問自答が続いた。つい先頃まで元気にしていた妻がもういない。それが不思議でさえあった。 頬をふたたび熱いものが流れていくのを感じていた。 |