<マイホーム>

 昭和52年夏。ふたたび子供たちと出かけた折に、先の分譲住宅地の様子を見ようと寄り道をしてみた。
 一部に新築の家が数軒あるのみで、展示発表会を開いていたモデル住宅が造成された広い宅地の隅にポツンと建っていた。分譲中の看板だけが寂しげに風にゆらめいていた。
「まだ、売れてないんだ・・・」
 KEIKOがつぶやくように言った。

「閉まってるのかな?」
 私はモデル住宅の前に車を止めた。
 風を入れるためか窓が開いていたが、中に人の気配は無かった。家の外周だけでも見ようと私たちは車を降り、庭先にまわった。

「いらっしゃい!」
 いきなりの人の声にちょっと驚いている私たちの前に、トレーナーにジーパン姿の中年の男性が現れた。
「掃除に来ていたんですよ。良かったら中もどうぞ!」
 ひとの良さそうなその男性は、屈託のない笑顔で私たちを中に招き入れた。

「じゃ・・遠慮なく・・・」
 庭の赤い焼レンガのテラスから家の中に入ると、私たちはすぐにあちこちのぞいてまわった。KEIKOの目がふたたび輝き出していた。
「ご予定はいつごろですか・・・?」
 先の男性が、お茶を出しながらさりげなく聞いて来た。
「いや〜、欲しいのはすぐにでもですが、先立つものがねえ・・・」
 私は、諦めがちな声で応えた。

「お見積りだけでもしてみましょうか・・・」
 そういうと、男性はそばにあったチラシの裏にいくつかの購入プランを示した。
「う〜ん、なるほどねえ・・・」
 そこには、意外にも私にもなんとか出来そうな数字が並んでいた。
KEIKOの目がさらに輝きを増しているのを私は見逃さなかった。だが、貯蓄も無い今の私たちには到底無理な話だった。

「ど〜も、すみませんでした」
 ひととうり見て回ると、諦め切れない表情のKEIKOをうながすようにして外に出た。
「良かったらお名刺などいただけませんか?」
 そういって男性がはじめて自分の名刺を差し出した。
「あ、はい。」
 私が少しシワのよった自分の名刺を差し出すと、
「なんでもご相談に乗りますよ。ぜひ、またご連絡ください。」
そつのない笑顔の男性に見送られて、私たちはその場をはなれた。

 帰りの車の中では誰も家の話題には触れなかった。今は無理だということを誰もが悟っているようだった。
「なんとかしたい。なんとかならないか・・・」
 私の胸中は複雑に躍っていた。

つづく

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