<マイホーム>

 昭和51年春。長男が小学校に入学した。私が通った小学校だった。懐かしさと嬉しさが交差していた。
 次男も近くの幼稚園に通い、KEIKOにも時間のゆとりが生まれていた。さっそく近くのパート仕事に出かけたり、近所の主婦仲間とのおしゃべりに興じたりの、主婦らしい楽しみも見つけていた。

 その年の6月、私は念願のデザイン事務所を開いた。兄弟の会社が新築した事務所の二階を借りてのスタートだった。仕事も知り合いや縁故の紹介を頼りの細々としたものだったが、小さな町での本格的なデザイン事務所は初めてとあって、仕事は意外と順調に増えていった。

 KEIKOは、ときおり近くの商店等でのパート勤めをしながら、子供たちの世話に追われていた。私の仕事もまずまずの状態で、家族にも穏やかな日々が続いていた。

 昭和52年の夏だった。子供たちと郊外の公営のプールに出かけた戻り道、ある住宅メーカーのモデルハウスの見学会が開かれているのを見つけ、とりあえず覗いてみることにした。
 分譲宅地の一角に建てられたそれは、21世紀の住宅とかで星空の見える二階の浴室がセールスポイントになっていた。モデルハウスとあってサンプルの家具や調度品、庭のテラスや植木、塀なども装備されており、そのまま住みたくなる魅力に溢れていた。

「パパ。この家、買うの?」
 子供たちが妙に目を輝かせて聞いた。
「そのうちにね・・・」
 KEIKOが子供たちに応えながら、さりげなく私の顔を見た。私は彼女の視線を感じながら気づかぬ振りを粧った。

「いつ頃のご予定ですか?」
 すかさずセールスの男性が声を掛けてきた。
「いや、まだ、その・・・」
 うやむやな返事で私はその場を離れると、あまり興味の無いカーテンなどを触っていた。
背中を一瞬冷たい空気が流れたような気がした。

「いいなあ〜。欲しいなあ〜・・・」
 帰りの車の中は、そんなため息で満ちていた。

 田舎のこの辺りは持ち家が多く、学校の父兄の中でもアパート住まいは肩身の狭い思いをすることがあった。ましてや私は地元の出身であり、幼馴染みは家持ちの者が大半だった。だが、今の私にはどんなに逆立ちしても無理な話だった。もちろんKEIKOにもそれは充分解っていた。ただ、少し甘えてみたい気持ちになっていただけだった。

「そのうちにな!」
 私のその一言で話は終った。だが、ことは意外な方向に動いた。

つづく

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