|
<帰郷> 昭和48年3月、それは突然におとずれた。メインの取引先だった広告代理店の突然の倒産だった。 私には資金繰りに狂奔する日々が続いた。だが金融機関も個人の小さな事業所には冷たかった。KEIKOも縁故を頼ってみたがどこも余裕はなかった。いちど外れた車輪は容易にはもとには戻らなかった。 私は、なんとか仕入れ先の負債を処理すると最後の決断を下した。そしてスタッフ達に告げた。
「僕達もしばらく辛抱します。もういちど頑張りましょうよ。」 私の夢はわずか3年で挫折した。 |
||
![]() |
||
|
昭和48年8月。私と家族は静岡に引っ越すことになった。 すでに近くの幼稚園に入園が決まっていた長男の「どうして?」の問いにも、訳のわからない説明をしながら、強引に荷物の整理を進めた。なかばやけくそになっていた。 KEIKOは愚痴ひとつ言わず私に従った。私には彼女の気持ちまで読むゆとりはなかった。 |