<帰郷> 

 昭和48年3月、それは突然におとずれた。メインの取引先だった広告代理店の突然の倒産だった。
 仕事の金額が大きくなるにつれ支払いは手形決済になっていた。90日前からのの手形がすべて不渡りとなった。追い討ちをかけるように、その代理店の下請けをしていた印刷会社の連鎖倒産がつづき、私の会社は瞬時に苦境に追い込まれた。

 私には資金繰りに狂奔する日々が続いた。だが金融機関も個人の小さな事業所には冷たかった。KEIKOも縁故を頼ってみたがどこも余裕はなかった。いちど外れた車輪は容易にはもとには戻らなかった。

 私は、なんとか仕入れ先の負債を処理すると最後の決断を下した。そしてスタッフ達に告げた。
「いまは退職金も払えない。この事務所と少ない取引先があるだけだ。」
「事務所も備品もこのまま残して行く。虫の良い話だと思うが、君たちでなんとか再出発して欲しいのだが・・・」

「僕達もしばらく辛抱します。もういちど頑張りましょうよ。」
 スタッフの一人がいった。他も同意見だった。だが、今の私にその気力は残っていなかった。
「すまん・・・」

 私の夢はわずか3年で挫折した。

 昭和48年8月。私と家族は静岡に引っ越すことになった。
 兄弟達の勧めもあって、しばらく実家に同居することにした。気持ちに張りの無くなっていた私には、それは願ってもない逃げ場だった。

 すでに近くの幼稚園に入園が決まっていた長男の「どうして?」の問いにも、訳のわからない説明をしながら、強引に荷物の整理を進めた。なかばやけくそになっていた。

 KEIKOは愚痴ひとつ言わず私に従った。私には彼女の気持ちまで読むゆとりはなかった。
 次第に夫婦の会話も途切れがちになり、家の空気は重かった。子供達も何かを感じたのだろうか、いつもの質問もしなくなっていた。やみくもに事は進んでいった。

つづく

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