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<別れ> KEIKOは、白い棺の中で静かに眠っていた。
その身体には継母が贈ったお気に入りの着物が掛けられていた。私は、彼女が向こうの世界でも楽しめるようにと、作りかけの人形数体と愛用の釣り道具を脇に入れた。 午前10時、金色の霊柩車のクラクションを合図に、棺は近隣の人や友人など大勢の人々に見送られて住み慣れた家を静かに離れた。 私は霊柩車の助手席からなにげなく我が家を振り返った。すると屋根から一羽の鳥がはばたいて飛んだ。だが、それは私だけに見えた幻影かもしれなかった。 本葬、四十九日の法要、納骨などの儀式がつつがなく行われ、やがて継母や兄妹、子供達もそれぞれの生活の場に戻っていった。 私は、真新しい仏壇のKEIKOの遺影の前で、茫洋とした面持ちでしばらく座り込んでいた。ひとり取り残されたような感じであった。たいして広くもない我が家がやけに広く感じられた。
静かだった。耳を澄ましていると、いまにも二階からトントンと足音高く彼女が降りて来そうな感じであった。 一人だけの夕食を済ませ、台所で洗い物をしている私の頬を、幾筋もの熱いものが流れて落ちていった。 |
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<エピローグ> 平成14年8月。今年もいつものように夏盆の季節を迎えていた。 早いものでKEIKOの10回目の盆だった。私はこの辺りの習慣に添って祭壇をしつらえ、ナスやキュウリの牛や馬などの飾り付けをすると、あの時の年齢のままの笑顔を投げかけるKEIKOの写真と位牌を正面に置いた。 夕刻には松の小枝で迎え火を炊いた。夕闇のせまる庭の片隅で、赤く燃え上がる炎をじっと見つめていた。 その後を心配して再婚の話も寄せられたが、私は乗らなかった。 「ねえ・・・もし、あなたが死んでも、私、再婚しない。だから、私が死んでも再婚しないでね・・・。」
パチっと音をたてて小枝の山が崩れた。炎が一瞬大きくなったが、すぐにまたもとのゆらゆらとしたやさしい灯火に戻っていた。
私は、背後にフッと何かを感じて振り返った。だが、そこには風がわずかにそよいだだけだった。 庭のケヤキの枝で、蝉が思い出したようにチチッと小刻みに鳴いた。 END
<あとがき> 早いもので妻が逝って19年が過ぎた。この間に父と母とを見送ることになったが、子供達もそれぞれ家庭を持ち、孫の顔も見る事が出来た。思えば幸せ者である。 この先何があるかは知れないが、せめて、あの世とやらでの再会の折りには、より多くの土産話がして上げられるように、残る人生を彼女の分も楽しみたいと思っている。 拙い文を懲りずにお読みくださった皆様に、心から感謝を申しあげます。(H) |